「こんにちは」をフランス語で bonjour と言うことは、フランス語を習ったことのない人でも知っていると思います。さらに日本語の「おはよう」と「こんにちは」の区別はフランス語にはなく、昼間であれば bonjour の一語で足りるということを知っている人もいるかもしれません。
初級の勉強を始めて一月もすれば、誰でも挨拶程度はできるようになります。フランスを旅行すればすぐにも日本で覚えた挨拶を駅の窓口やお店で実際に使ってみる機会が訪れるでしょう。そして実際にフランス人の発音を聞いたり、挨拶のしかたやタイミングなどを観察したりすることで、言葉と文化の様々な側面を知ることになるはずです。
例えば、フランスであなたがお店に入るとします。お店の人は(昼間であれば)Bonjour ! という呼びかけであなたを迎えてくれるはずです。フランス語の Bonjour は日本語の「いらっしゃいませ」にも対応するとあなたは気がつきます。でもそれだけではありません。しばらく観察していると、お店に入ってくる客も同じように Bonjour ! と言っています。そしてあなたは、店員と客の関係が日本とは違うということにすぐに気がつくでしょう。
日本であれば、「いらっしゃいませ」に対する答え方というのは、特に決まっておらず、「こんにちは」とか「どうも」という感じであいまいに頭を下げるか、場合によっては無言のまま店に入っていきます。
チェーン店や大きな店舗ほどその傾向は強いでしょう。
日本では、店員と客の間には、<もてなす/もてなされる>という関係がはっきり成立して、特に店員の側が自分の社会的役割を越えて個人としての自分を外に出すことはありません。極端な場合、客の出入りとは関係なく一定時間おきに「いらっしゃいませ」という呼びかけを行っている店さえあります。
それに対してフランスでは、まず個人と個人が出会い、個人として挨拶を交わし、次にサービスを提供する側と受ける側という関係が始まります。ですから、客は店に入るときには、いくぶんか他人の家の敷居をまたぐときと同じような感覚でそこの店員(主人)に挨拶をするわけです。
このようにフランスでは個人同士の関係が様々な社会関係のベースとなっているように思われます。Bonjourは個人と個人との関係の確認のようなものですから、人のいない空間で独り言のように挨拶の言葉が一方的に繰り出されることはありません。日本的サービスの質の高さは世界でも折り紙付きですが、過剰なサービスに戸惑う外国人がいることも事実です。
「お客様は神様です」の国と個人主義の国の違いという一般論ですべてを片付けるのは危険ですが、bonjourという一言だけをとってもフランスと日本ではその言葉を使う文化的背景が大きく異なっていることが分かります。
二日もフランスにいればこうした関係性にあなたもすぐになれ、ホテルの受付の人やレジの店員と自然にBonjour を交わせるようになっているでしょう。そのときあなたの Bonjour は、もはや日本語の「こんにちは」の直訳ではなく、生きたフランス語になっているはずです。同時にあなたは、単に言葉だけでなく、言葉を取り巻く文化や思考様式についてもすでに多くのことを学んでいるのです。
外国語を学ぶということは、動詞の活用を暗記したり文法規則を覚えたりして、語学的な知識を増やしていくということだけでなく、その言葉を話す人たちが生きている文化や社会についての様々な発見をすることでもあるのです。フランス語に限りませんが、これから新しい言語を学ぼうとしているみなさんには、その言葉を学ぶことで初めて見えてくるような新しい世界の見方も学んでいってほしいと思います。
西ヨーロッパでは、フランス本国だけでなく、モナコ公国、ベルギー、スイス、ルクセンブルグなど日常使用言語のひとつとなっています。またマルチニック島、レユニオン諸島、ニューカレドニア、マイヨット島、グアドループ島、仏領ギアナはフランスの海外県・海外領土となっています。
アフリカ大陸では状況はさまざまですが、フランス語を公用語やコミュニケーションをとるための言語、高等教育機関での使用言語として用いている国々が20を超えます。マグレブと呼ばれているアルジェリア、モロッコ、チュニジア、サハラ以南ではセネガル、ニジェール、ガボン、コートジヴォワール、カメルーン、コンゴ共和国、ブルキナファソ、トーゴ、マリなどの国々です。これらの国々はフランスの旧植民地であったため今でもフランス語が話されています。これと同じ理由でフランス語使用はアジアのラオス、ベトナム、カンボジアでもごく少ない割合ですがみられます。
さらに、北米カナダでは英語とフランス語が公用語になっていて、東部のケベック州には550万人あまりのフランス語話者が生活をしています。中東ではかつてのフランスの委任統治領であったシリア、レバノンでも知識階級の間でフランス語使用がみられます。
図)フランス語圏の分布
フランス語を母語とする話者が多数を占める国や地方自治体(藍色)
公用語となっている国(青)
第二言語として用いられている国や地方自治体(空色)
フランス語のコミュニティが存在する地域(緑)
(original PNG file by aaker : https://commons.wikimedia.org/wiki/File:New-Map-Francophone_World.PNG)
これら40におよぶ国と地域は「フランコフォニー」と総称されます。現在英語が世界で唯一のグローバル・スタンダードになりつつあるなか、フランコフォニーは一極集中を避け、各言語がもつ固有の価値、背景にある社会、文化の魅力の代弁者となっています。
*寺家村博「フランコフォニー(フランス語圏)を知っていますか」、『パスポート』、Vol.14. より
フランス語も、英語と同じくインド・ヨーロッパ語族の言語ですが、グループが異なります。英語やドイツ語はゲルマン語派というのは聞いたことがある方もいると思います。フランス語は、イタリック語派に分類され、俗ラテン語から派生したロマンス諸語のひとつで、スペイン語やイタリア語、ポルトガル語なども同じグループです。
レコードの「ジャケ買い」と同じで、新しい外国語は、やってみるまでどんなものかわかりません。
自分の直感を信じて、ピンときた外国語に飛び込んでみましょう。フランス語の場合、ファッション、スポーツ、美食、音楽、絵画、文学、哲学など、なにか興味がある分野があって選ぶ方もいれば、いつかベルサイユ宮殿やモン・サン・ミシェルに行ってみたいという方もいます。
フランス語の動詞には活用がある、名詞には男性名詞、女性名詞があると聞くと、むずかしそう、と思うかもしれませんが、ぜんぶ覚えなければいけない、ということではないので大丈夫です。フランス語に限らず、大学で新しく始める言語は、初級ベーシックでは1年間で大まかな文法事項を習得するという目標があります。あとでまとめてやろうと思わず、授業のペースに合わせて学習していきましょう。毎回、確認してわからないところは教員に質問してください。
初級(ベーシック) |
基本的な文法を学ぶ。 文法をきちんと学ぶことが結局は上達への近道です。 |
初級(コミュニケーション) | 実際に使ってみてフランス語に慣れる。 |
中級(リーディング) |
新聞・雑誌などの比較的簡単な文章を辞書を使って読む。 哲学書を読むことも努力次第では可能です。 |
中級(コミュニケーション) | 文化全般の理解を深め、フランス語でなんとか自分の意志を伝えられるようになる。 |