所長ご挨拶

Let him have it! ってどんな意味? ―研究紹介(その1??)―              岡田 聡宏

今回は,新所長としての自己紹介を兼ねて,私の行っている研究についてお話したいと思います。唐突ですが,Let him have it! にはどんな意味があると思いますか?コンテクストがないとわからない?そうなのです。単語の意味だけでなく,代名詞が何を指すかなどの情報をコンテクストに照らして解釈しないとことばの意味を理解することはできないのです。この表現は,イギリスの裁判史に大きな傷を残したある事件と関係があるのですが,そのことに少し触れてみたいと思います。

1952年ロンドン南郊で,当時19歳のデリック・ベントリーと16歳のクリストファー・クレイグは,押し込み強盗に入ろうとしていました。通報を受けた警察官が駆けつけると,ベントリーは抵抗をやめ,クレイグに Let him have it. と叫んだと言われています。その後撃ち合いとなり,結果として1人の警官が亡くなってしまいました。この文は多義的で「その警官に銃を渡せ」と「その警官を撃て」という2つの解釈が可能です。事実,被告弁護人が前者の解釈の可能性を指摘しましたが,裁判官は後者のほうだと決めつけ,殺人を精神的に幇助したとして,年齢の関係でベントリーが絞首刑に処せられてしまいました。イギリスでは現在死刑制度は廃止されていますが,この事件の影響があったとも言われています。この裁判には,ほかにも問題があったようで,ベントリーが実際にこう叫んだのかも疑わしいようです。偽証だったとも言われていますが,Let him have it. には,人間の人生を左右するほどの,相反する解釈が可能なのです。この例に限らず,文には,意味的に不確定な要素が数多く含まれているため,文の表す意味だけでは,話し手が伝えようとする発話の意味を決定することはできません。このような解釈過程を説明するのが語用論という分野で,私は関連性理論という立場から研究をしています。最近は,概念を縮小・拡張する,アドホック概念形成という過程に関心を持っています。そろそろ字数制限に達してしまいますので,この話はいずれまたの機会にしたいと思います(えっ,もう充分ですか?)

 

PASSPORT Vol.29より